コンパクトシティにおける都市農業と緑地の融合:食料・生態系・コミュニティを育む多角的アプローチ
はじめに
コンパクトシティの推進は、人口減少や高齢化が進む地域における都市の持続可能性を高める重要な戦略と位置づけられています。限られた資源と空間の中で、都市機能の集約と生活の質の向上を目指すこの取り組みにおいて、都市緑地が果たす役割は多岐にわたります。単なる景観要素としてだけでなく、生態系サービスの提供、気候変動への適応、住民の健康増進といった機能に加え、近年注目されているのが「都市農業」との融合です。
都市における農業活動は、食料供給という一次産業としての機能に加え、緑地空間の創出、生物多様性の保全、地域コミュニティの醸成、さらには防災機能や教育の場としての役割も担います。コンパクトシティにおいては、都市機能の集約に伴い、土地利用の高度化が進む一方で、低未利用地や遊休農地といった既存の空間資源をいかに有効活用するかが課題となります。都市農業と緑地の融合は、これらの課題に対する有効な解決策となり得ると考えられます。本稿では、コンパクトシティにおける都市農業と緑地の融合がもたらす多角的な効果、その計画・推進における視点、課題、そして可能性について論じます。
都市農業と緑地の融合がコンパクトシティにもたらす多角的効果
コンパクトシティの文脈で都市農業を緑地空間と一体的に捉えることで、複数の側面で持続可能な都市づくりに貢献することが期待されます。
1. 食料供給と食育、地産地消の推進
都市内での農産物生産は、新鮮な食料の供給源となり、食料の輸送にかかるエネルギー消費やCO2排出量の削減に寄与します。地産地消の促進は、地域経済の活性化や農業従事者の所得向上にもつながります。また、都市住民が農作業に触れる機会を得ることで、食料生産への理解が深まり、食育の場としての機能も期待できます。これは、都市生活者が自身の食と健康に対する意識を高めることにもつながります。
2. 生態系サービスの向上と生物多様性保全
農地や農的な空間は、都市内の貴重な緑地空間として、植物や昆虫、鳥類などの多様な生物にとっての生息・生育空間を提供します。これは都市全体の生物多様性の向上に貢献し、緑地のネットワーク化を強化する要素となります。また、雨水涵養機能による洪水抑制、大気汚染物質の吸着、ヒートアイランド現象の緩和といった生態系サービスを提供し、都市のレジリエンス(強靭性)を高めます。
3. 社会関係資本の強化とコミュニティ形成
都市農園や市民農園は、多様な背景を持つ人々が集まり、交流する場となります。共同での作業や収穫体験は、住民間のコミュニケーションを促進し、地域コミュニティの活性化につながります。高齢者の生きがいづくりや子供たちの自然学習の場としても機能し、多世代交流を促進します。これにより、都市生活で希薄になりがちな人々のつながりを強化し、社会関係資本を高める効果が期待できます。
4. 未利用地・遊休農地の有効活用
コンパクトシティへの移行過程や産業構造の変化により発生する低未利用地や遊休農地は、都市農業の新たな空間として活用できます。既存の農地だけでなく、工場の跡地、ビルの屋上、公共施設の敷地内など、都市の様々な空間を緑地と一体化した農業空間として再生することで、土地資源の有効活用が図れます。これは、土地の荒廃を防ぎ、管理コストを削減する効果も持ちます。
都市緑地と都市農業を融合させるための計画・政策の視点
都市農業と緑地の融合を推進するためには、多角的な視点からの計画と、既存制度の活用および新たな政策誘導が必要です。
1. 法制度・ゾーニングにおける位置づけ
都市における農地の保全や活用は、農地法、都市計画法、そして近年改正された都市緑地法など、複数の法令に関わります。都市計画において、農業空間を緑地機能を持つ空間として明確に位置づけ、用途地域指定や地区計画、都市緑地計画の中で緑地率算定への算入、開発許可における配慮事項として位置づけるなどの検討が進められています。生産緑地地区制度の見直しや市民緑地契約制度の活用も、都市農地の保全・活用を促進する手段となります。都市農業を単なる生産活動としてではなく、都市のインフラの一部として捉える視点が重要です。
2. 用地確保と多様な利用形態
都市部で新規にまとまった農地を確保することは困難である場合が多いため、既存の遊休農地、低未利用地、さらには建物の屋上や壁面といった垂直方向の空間まで含めた多様な利用形態を検討する必要があります。共同農園、貸し農園、体験農園、企業の福利厚生としての農園、学校や病院に併設された農園など、様々な主体による取り組みを促進するための制度設計や支援策が求められます。公共空間や未利用のインフラ用地(高架下など)の活用も視野に入れることが重要です。
3. 推進体制と多分野連携
都市農業と緑地の融合は、農業部局、都市計画部局、環境部局、福祉部局、教育委員会など、複数の行政部局に関わる横断的なテーマです。部局間の連携を強化し、一体的な計画策定・推進体制を構築することが不可欠です。さらに、農業協同組合、NPO、企業、大学、地域住民といった多様なステークホルダーとの連携を図り、それぞれの知見や資源を活用する公民連携・地域連携のモデルを構築することが成功の鍵となります。例えば、企業がCSR活動として都市農園を運営し、収穫物を地域の福祉施設に寄付するといった連携モデルも考えられます。
4. 支援策と担い手育成
都市農業を推進するためには、初期投資や維持管理にかかる費用への支援、技術的なノウハウ提供、そして最も重要な担い手の育成が必要です。市民農園の開設・運営に対する補助金制度、技術指導を行う専門家の派遣、都市農業に関する研修プログラムの提供などが考えられます。また、高齢化が進む既存農地の担い手不足に対しては、新規就農者の参入促進や市民による共同管理といった新たな担い手の確保策も検討が必要です。
計画・実行における課題と対策
都市農業と緑地の融合を進める上では、いくつかの課題も存在します。
- 維持管理の負担とコスト: 特に公共空間を活用する場合、維持管理の負担やコストが課題となります。市民ボランティアやNPO、企業の協力を得る、収益性の高い都市農業(例:高付加価値野菜、ハーブなど)を導入して維持管理費を賄う、スマート農業技術を活用して省力化を図るといった対策が考えられます。
- 農薬使用や衛生管理: 都市部での農業活動において、農薬使用による周辺環境への影響や食品衛生管理は重要な課題です。有機農法の推奨、適切な指導、そして住民への情報提供と理解促進が必要です。
- 景観問題: 適切に管理されていない農地は、都市景観を損ねる可能性があります。周囲の環境に配慮したデザイン、積極的な緑化、地域住民による見守りや管理体制の構築が求められます。
- 住民理解と合意形成: 特に既存農地の宅地化を望む住民がいる場合など、都市農業の継続や導入に対する理解や合意を得ることが課題となることがあります。都市農業が地域にもたらす多角的なメリットを丁寧に説明し、ワークショップや意見交換会を通じて住民参加の機会を設けることが重要です。
- 多分野連携の難しさ: 前述のように多様な関係者が関わるため、意見調整や役割分担が難しい場合があります。明確なビジョンの共有、調整役となる部署や人材の配置、成功事例の共有などが有効です。
これらの課題に対しては、地域の実情に合わせた柔軟な制度設計や、関係者間の継続的な対話と協働が不可欠となります。
効果測定と評価
都市農業と緑地の融合による取り組みの効果を定量・定性的に評価することは、政策の有効性を検証し、今後の計画にフィードバックするために重要です。評価指標としては、以下のようなものが考えられます。
- 生産量と経済効果: 農産物の種類、生産量、販売額、関連産業への波及効果。
- 環境効果: 緑地面積の増加、生物多様性指標(種の数、個体数)、大気質改善効果、雨水流出抑制効果、地中温度低下効果。
- 社会・福祉効果: イベント参加者数、コミュニティ活動への参加率、健康診断データの変化(例:メタボリックシンドローム該当者数の変化)、住民の主観的な幸福度や満足度。
- 空間利用効率: 未利用地の活用率、緑地率の変化。
- 教育効果: 学校での関連プログラム実施回数、参加児童生徒数、理解度の変化。
これらの指標を継続的にモニタリングし、客観的なデータに基づいて効果を評価することで、取り組みの成果を可視化し、関係者の理解促進やさらなる投資の正当化に役立てることができます。地理情報システム(GIS)を活用した緑地面積や空間利用の変化の分析、市民を対象としたアンケート調査やインタビュー、生物多様性モニタリング調査などが具体的な評価手法となります。
結論
コンパクトシティにおける都市農業と緑地の融合は、食料安全保障、生態系サービス、地域コミュニティの活性化、そして空間資源の有効活用といった多角的な側面から、都市の持続可能性に大きく貢献する可能性を秘めています。これらの取り組みを効果的に推進するためには、法制度における明確な位置づけ、多様な空間利用形態への対応、多分野にわたる関係者間の強力な連携体制、そして継続的な支援策と効果測定が不可欠です。
もちろん、都市部ならではの制約や課題も存在しますが、それらを克服するための技術革新や柔軟な制度運用、そして何よりも地域住民を含む多様なステークホルダーの積極的な関与が求められます。都市農業と緑地の融合は、単に食料を生産する場としてだけでなく、都市に「農」の視点を取り戻し、自然と人、人と人とのつながりを再生する、コンパクトシティの新たなモデルとなることが期待されます。今後、各自治体において地域の実情に合わせた計画が策定され、実践が進められることで、持続可能な都市の実現に向けた重要な一歩となるでしょう。